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ビックボックスインパクト 会長解剖


ログハウス,会長解剖
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須田
教授、お変わりありませんか、今日も話がはずんで時間を忘れてしまいそうです。

寺門
そうですね(笑)。最近よくギリシャに行くのですが、あちらはテラスがメインの住居で、実に豊かですね。日本では皆さん、住居を持とうと頑張っているのですが、オリジナリティーがどうもいまひとつのような気がします。少し、消費経済に毒されていると言いますか、メーカー主導のパッケージ住宅をお買いになって、その中だけが住居と思い込んでいるようです。

須田
時々お客様がお建てになる現場に行って思うのですが、林や住宅地などその環境をじっと見入っていますと、建築の家以前にその環境そのものが建築だと思えてくるのです。

寺門
そうです。住まいを持つということは環境そのもの、ある意味でライフスタイルの転換です。特にメーカーが先端だハイテク強制換気だのと新建材やシステムの開発をしますが、創造の原点はアナログでしかありえませんので、結局は環境ホルモン、アトピーなどの問題が次々と出てくるのです。ほら、ダヴィンチがそうでしょ、すべて自然から学ぶべきなのです。須田さんが求める建築や芸術も同じですよね。

須田
確かに一般住宅は消費させるための車のモデルチェンジと同じようなところがあります。いつの時代にも先端を良しとしますから、5年後に新しいモデルが出た時には、マテリアルからデザインまでその住宅は陳腐に見えてきます。
寺門
変な話をしますが、あるところの陸橋の下にホームレスさんがいろいろな建材を集めて、自分が住みやすいように巣作りをしているのです。住居学の専門の立場で観察をしている訳ですが、最近では庭木や草花も植えだしたんです。環境計画からすべてが手作りのオリジナリティーがそこにはあるんですね。メーカーから予算に合わせて家を買い、壁の中だけが住居と考えている人から比べると豊かさを感じます。

須田
教授、豊かな住まい造りのコツとして何かありますか。

寺門
価値というのは代替できませんから、良かれと思ったところにこだわることです。自分の個性にあった環境を作り、自分でそこに価値を見い出すことです。

須田
確かに感動は与えられるものではなく、自分でアクションすることではじめて価値も感動も得られるわけですね。生活というのは生きる喜びのはずですから、感性を磨いていい感動をしたいものです。

住まいと環境についてふたりの話は、尽きそうにない…。


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舞踏家Sさんは自己の踊りをちっぽけな存在という、使命の大きさを自らに課す謙虚な人である。
仕事でも芸術でも事の重大さや奥深さを知ってそれに立ち向かおうとする人は成し得ようとする事の大きさからちっぽけに小さく見えるのである。
そして一様に真正面にきちんと向いて正座しているのである。
それは、とむらいで見送られる死人の神々しさに似ている。

上演が終わって少ない会話をした時じっと目を見るとすーと流れでる涙は、Sさんの背負う十字架の大きさを感じるのである。
Sさんはそんな数少ない人に思える。

ここまで書くと自分も自然に涙が出とまらないのである。

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金杉のアパートは静かな所で隣は竹の林であった。
アパートは白ペンキの建物で、基礎のところに生え出した先の曲がった竹の子を拝借して、干し貝柱を入れた竹の子飯を作った船橋の5月がある。
5月は若葉に萌え、お腹にすくっとくる浮き立つ空気のぬるみと葉はセルロイドのように太陽を緑に透かし美しい、私の大好きな希望の季節でもある。

私は外食を好まず、昼間は営業の外交で仕方がないにしても夜は深夜に帰ってもきまって自炊をした。
誰もが思い浮かべるサンプル品のような料理を供されること事態がいやなうえ、一人の食堂での夕飯は何ともわびしく、つまらないのである。
つね日頃の心の貧しさが増幅されるのか、首がだんだんうなだれてひどく楽しくないのである。

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窓の外を見ると常夜灯の周りを虫たちが光りながら回っている。
静かな風景である。
これは千葉の船橋の展示場の窓からの眺めと同じ風景であった。
きまって木星と土星のように大型の惑星虫が微塵の虫を従えキラララと回っている。
夏の夜の好きな風景である。
船橋は暑い。栃木と比べると随分と暑い。

私の船橋というのは単身赴任でのことで、横浜の展示場ができるまでの約2年間であった。
営業からの深夜の家路、何も用もなく意味がないのであるがコンビニに立ち寄ることが日課で、へんてこに店内を一巡するのである。
誰もいないアパートにはダイレクトに帰れないのである。

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もう何年も前のアジサイの咲く頃、フィンランドの取引先の奥さんのキリスティが亡くなり弔問に訪ねた。
約一年前の彼女は笑顔でカレリアンピーラッカ(米を潰して木の葉状にしたスナック菓子)を作って振舞ってくれた。
急に胃を患いそんなにやせずに亡くなったと言う。黒々とした針葉樹の下の埋葬、ガラーンと鳴り響く教会の鐘の音の中、たむける花束を持ちながら母の死を思い出した。

二十一歳の夏、私は伊豆の海に遊んだ。
宿屋の姉さんに弁当を作ってもらい毎日のように通った浜辺の木造の漁師小屋、銀灰色に風雨にさらされて生ける物の変わりゆく姿、ぼろ雑巾のような色と木肌の小屋に、妙にいとしい美しさを感じた。その漁師小屋をスケッチした。
私がわび、さびを感じ、そして見た最初の意識した風景であった。帰りの栃木駅からの砂利道は真昼日で白く眩しく静まりかえっていた。

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